HOUSEI 株式会社はIT革命に積極的に参加し、社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)の大きな力になることをミッションとしています。そのミッションに基づいて、2016年秋から丸善雄松堂様の大学・専門学校向け教科書販売ビジネスにおける販売スタイルの転換プロジェクトに参画、その中核となる「教科書販売業務支援システム」の構築支援を行っています。これまでのプロジェクトの取り組みや今回の新型コロナウイルスがプロジェクトに与えた影響などについて、丸善雄松堂株式会社 多名賀 淳 様にお話を伺いました。
ーーはじめに教科書販売業務の販売スタイル転換に取り組まれたきっかけを教えていただけますか?
多名賀 大学・専門学校向け教科書の販売は、丸善雄松堂の中でも大きな売上を占める春の一大イベントです。従来から学校の敷地内に特設会場を設置し、学生が長い列を作って現金で教科書を購入する販売スタイルが主流でしたが、近年は「特設会場の確保が難しい(学校様)」、「教科書を買うのに並んで待たされるのは時間の無駄(学生様)」など、お客様ニーズの変化と、「現金の授受を伴う販売業務は負担が大きく、たくさんの案件に対応できない(社内営業担当)」といった社内課題も健在化してきたことから、販売スタイルの転換プロジェクトが発足しました。
ーー具体的にどのような販売スタイルへの転換を検討されたのでしょう?
多名賀 まずはキャッシュレス化です。販売業務で一番時間がかかり、また神経を使うのが現金の授受です。お客様にスマートフォンのサイトから必要な教科書を選択していただき、代金をクレジットカードやコンビニ払い等で事前決済を済ませた上で来場いただくことで、お客様の待ち時間解消と、社内の業務負担軽減を同時に実現できます。次に現地受渡から配送への切り替えです。販売会場の確保が年々難しくなるなか、配送型へ転換することで、キャンパスの規模や学事スケジュールなどに関係なく、教科書販売機会のご提供が可能になります。
ーー一般的なECサイト展開のようにも思われますが、難しさはどのようなところにあるのでしょう?
多名賀 教科書販売の業務の流れは学校の特性に合わせて千差万別で、その運営・管理は担当する個々の営業や売店スタッフに委ねられています。唯一の共通点は管理ツールにExcelを使っていることですが、学校ごと担当ごとに個別最適化された数百種類のExcelシートが存在し、それぞれに思い入れがあり、慣れ親しんだシートを使って業務を行っています。今回のプロジェクトの最大の課題は、この似て非なるExcelシートに集約された業務の集合体をどうやって共通のシステムの枠組みに押し込み、キャッシュレスや現地受渡から配送といった販売スタイル転換を全体として進めていくかになります(図1参照)。
ーーなるほど。「Excelで個別最適化された業務」への対応は、丸善雄松堂様に限らず、多くの会社様にある課題ですね。ではこの課題へどのようにアプローチされたのでしょうか?
多名賀 私が個人的に「現状肯定型DX」と呼んでいるのですが、以下の3つのコンセプトというか方針のもとでプロジェクトを進めました(図2参照)。
①個々の営業や売店スタッフはこれまでどおり個別最適化されたExcelシートを使って業務が行えるようにする
プロジェクトの最大の特徴で、一般的なシステム化とは真逆のアプローチですが、現行業務を分析・整理・再構成するのではなく、ある意味ブラックボックスのままシステム内に組み入れてしまうことで、担当者は慣れ親しんだExcelシートをそのまま使うことができ、販売スタイル転換に伴う「新しいことを覚える必要がある、今までできたことができなくなる」といった負担感や抵抗感を極力減らすことを目指しました。
②これまでの業務に30分程度の追加作業を行うだけで、だれでも教科書販売サイトを公開することができるようにする
販売スタイルの転換が既存業務の大幅な負担増を招いたり、新たなスキルを持った人材の投入が必要だったりでは本末転倒になってしまうので、既存業務の延長線上で、キャッシュレスや配送対応が可能な教科書販売サイトを公開、運営できるようなシステムを目指しました。
③段階的な業務切り替えを行い、3年程度の期間の中で新しい販売スタイルへ移行する
販売スタイルの転換は、学校側のニーズの強弱、現行の販売スタイル、担当者のリテラシーなどに、その進捗が大きく影響されるため、適当な移行期間を取り、可能な案件から段階的に転換をはかることにしました。またシステム化も一気に完成形を目指すのではなく、現場の利用状況をみながら段階的に改善対応を行えるよう予算化や体制整備を行いました。
ーー個別最適化された現場業務を受け入れ(肯定し)つつ、いつの間にか販売スタイル転換(DX)が進んでいく、ということでしょうか? プロジェクト最大の特徴とされている①について、弊社がどのような点で貢献できたかも含め、もう少し詳しくお話いただけますか?
多名賀 端的に言うと、アプリケーション内にExcelを内包(実際にはExcelライクなUIを提供するライブラリ)し、ユーザーは馴染みのあるExcelシートを使った従来の作業を行います。アプリケーションはExcelシートでの作業には関与せず(ブラックボックス)、作業結果から必要な情報だけを利用する構成をとっています。
ExcelライクなUIは特に目新しいものではありませんが、大きな特徴はUIの入力結果からデータだけを取り出してDBへ格納する一般的な活用方法ではなく、Excelシート全体をまるごとDBへ格納している点です。そうすることでユーザーがチェック用に設定した網掛けや文字色などのセル属性、顧客や仕入れ先との事務連絡用に追加した新しい列、集計用に埋め込んだ式や絞り込みのためのフィルターなどすべてのUI操作が保存、再生可能になり、個別最適化されたExcel作業が行えます。
このコンセプトを実用的なものにするための最大の課題はアプリケーション性能の確保です。Excelシート全体のデータ容量は大きなもので十数MBになります。そこで端末-サーバ間の通信負荷の低減方法や、Excelシート内から必要データを効率よく抽出する処理方式などを構想段階からHOUSEIさんにご相談しながら進めてきました。HOUSEIさんの良さは、前例がない新しいアイデアや難しい課題に顧客と一緒になって取り組んでくれるところ、そしてそれを実現してくれる技術力があることですね。コロナ禍が続いた2021年はほぼすべての案件で今回の仕組みが利用されましたが、最繁時でも安定した性能が確保でき問題なくサービス提供が行えました。
ーーHOUSEIにプロジェクトの重要なコンセプト実現の一翼を担う機会を頂けたこと、またその結果を評価頂いていること、大変ありがとうございます。さて、さきほどコロナ禍というお話がありましたが、販売スタイルの転換(DX)に昨年からのコロナ禍が大きく影響したと伺いました。
多名賀 2017年から現場導入を開始しましたが、実は2019年まではプロジェクトのコンセプトである「③段階的な業務切り替え」が計画どおりに進みませんでした。販売スタイル転換のメリットや、これまでと同じ業務に30分の追加作業を行うだけでよい点を説明しながら、ニーズのある案件には転換を促してきたのですが、新しい取り組みに対するお客様を含めた現場担当者の漠然とした不安感がなかなか払拭できず、思ったように切り替えが進みませんでした。ところが2020年春、一連のコロナ禍対応で状況が一変しました。3月末に文科省の通達があり、すべての大学で4月以降の大学構内への学生の立ち入りが禁止され、学内での教科書販売ができなくなってしまったのです。各大学からは次々にオンライン販売&配送型への切り替え要請があり、急なものでは1週間後に販売開始したいといった大学もありました。さすがにすべての要請に応えるのは難しいのではと考えたのですが、ここでプロジェクトのコンセプト「①現状のExcel業務のまま②30分の追加作業で対応可能」と、「学生のみなさんに何とか教科書を届けたい」という現場担当の思いが相乗効果を発揮し、ほぼすべての案件を要請通りにオンライン販売&配送型へ切り替えることができました。販売スタイル転換(DX)が一気に進んだわけです(図3参照)。
図版提供:丸善雄松堂
ーーコロナ禍が販売スタイル転換とそのアプローチ(現状肯定型DX)の有効性を証明したことになったわけですね。最後にポストコロナ禍も見据えた今後の取り組みについて教えて頂けますか?
多名賀 2020年は転換が急激に進んだため、運用面では多くの課題が未解決のまま残りました。まずはこれらの課題を解決し販売スタイル転換(DX)を現場に定着させることが重要と考え、2021年から取り組んでいます。また当初個別最適な Excel シートからスタートした業務ですが、徐々に案件ごとの個別性が淘汰され、管理項目や作業の共通項が明らかになってきましたので業務標準化にも着手しています。さらに今後は、教科書以外の商品やサービスについても学生向けにオンラインで提供していく仕組みづくりや、大学での新しい講義のあり方も見据えながら電子教科書/教材の販売プラットフォームを強化する取り組み(進化型DX)を推進してゆきたいと考えています。
現状業務や運用に即したDXからスタートし、それを定着させ、新たなDXに取り組んでゆく。コロナ禍という難しい状況を逆にチャンスに変えてDXを推進されている事例としてとても参考になりました。本日はありがとうございました。